2012年1月15日

『バーチウッド』を読む プロスペロー

サーカス一座の名前にもなっているプロスペロー。
しかし、名前は出てくるのにプロスペロー本人は出てきません。

最初にプロスペローの名前が出てくるのは第一部(7)で、
マーサ叔母の息子であるマイケルの父親は誰かということについて、
噂として屋敷を包囲した旅芸人一座の長プロスペローの名前が出てきます。
また、今なお流布して好評を博している説では侏儒だということになっています。


また、第二部(4)では、ガブリエルがサーカスの仲間にプロスペローについて尋ねると
皆口をつぐみます。そしてマグナスが「例の、うまくやった男さ」と言います。
そして第二部(9)でガブリエルは、赤毛の少年(マイケル)とプロスペローがどこかでつながっているのではないかというかすかな直感を感じます。
そしてその直後にレインバードの元へ行きます。
その後で、「必要なのはレインバードではなく、彼がつつましやかに象徴する何かだった」という記述があります。
さらに第三部(5)でガブリエルは、プロスペローは実在したことはない、という記述をします。


以上のような記述から幾つか考えられる可能性を挙げてみます。
①プロスペローは実在しなかった。
②プロスペローは実在していたが、第二部の時点ではサーカス一座にはいない。
③プロスペローは実在しているが、プロスペローを名乗ってはいない。


①はガブリエルの語りをそのまま受け取れば、プロスペローは実在しないと考えられます。
②は、サーカスの仲間が口をつぐむことから、かつてプロスペローがいたが今はおらず、何らかの事情で口をつぐんでいると考えられます。
③は、幾つかの記述からレインバードこそがプロスペローではないかと推測するものです。
第二部(9)でガブリエルはマイケルとプロスペローのつながりを直感し、直後にレインバードの元へ行きますが、何故彼の元へ行ったのでしょう。そして、彼がつつましやかに象徴する何かとは何のことなのか。
また、第一部(7)の噂で、プロスペローは魔術師、侏儒として記述されています。
そして第二部(2)でレインバードが登場した際、彼の背丈の低さに関する記述があり、「魔法も少しは使うね。舞台では」とサイラスがレインバードのことを説明します。サーカスで彼は手品をします。
侏儒、魔法という共通項がプロスペローとレインバードの間にはおぼろげながらあります。
ただ、はっきりと両者を結びつける記述はありません。語り手は過去をつなぎ合わせていく際に、自然と両者のつながりを曖昧な形で意識していただけなのかもしれません。

『バーチウッド』を読む ジョン・マイケル・ローレス

第一部(2)に名前の出てくるジョン・マイケル・ローレス。
語り手の母ベアトリスの父ですが、語り手によれば老獪な悪党として説明されます。
また、ローレス一族の彼がバーチウッド奪還を狙っていると語り手の祖母は考えます。

そしてこのジョン・マイケル・ローレスが次に登場するのは第一部(17)で、
語り手の父ジョセフが老ガダーンに土地を売り、ジョン・マイケル・ローレスが老ガダーンから土地を買い取り、バーチウッドの地所の大部分を所有している事実が明らかになります。

最後に登場するのは、第三部(3)ですが、この時にその生涯の最期を迎えます。

大分間隔の開いた登場のしかたですが、これも谺の一つなのかもしれません。
また、マイケルという固有名詞も、後に出てくるマーサ叔母の息子マイケルの名前と谺の関係になっているとも読めます。

『バーチウッド』を読む コッターの小屋

第一部(5)からその後も頻繁に出てくるコッターの小屋。
主に男女の逢引の場所として使われることの多いこの小屋ですが、名前の由来になっているコッターが実際に登場するのは、物語終盤の第三部です。
彼が小屋を追い出された経緯も本人の口から語られます。
第一部(6)でバーチウッドの下女であるジョシーにはコッターという名の亭主がいるという噂について記述がありますが、結局コッターとジョシーの関係についてはその後も明らかになりません。

『バーチウッド』を読む 第一部の人間関係

第一部ではバーチウッドで暮らす人々の人間模様が描かれていますが、第三部でその人間関係の裏にある秘密が明らかになった後にもう一度第一部を読んでみると、解説にあるように第一部の印象が大分変わってきます。

最初に読んだ時は、登場人物たちのとる些細な行動に関する記述に特に気をとめることもなく、意味不明な行動や台詞が多いという印象を受けます。
それが、第三部で明らかになった人間関係を前提に読んでみると、第一部での登場人物の言葉、態度、仕草、喜怒哀楽、そういったものが、初読の時とはまた違う意味を持ってきます。
マーサ叔母やマイケルがガブリエルに対してそこはかとなく距離を置き、時には敵意を剥き出しにする理由。ジョセフの笑みや葉巻という小道具が示す人間関係。没落による困窮から気が触れたのではないかと思われていたベアトリスも、その精神状況に別の解釈が与えられてきます。

『バーチウッド』を読む 構成

『バーチウッド』は全部で三部構成になっています。
そして、第一部が一番分量が多く、次いで第二部、最後が第三部と、徐々に分量が少なくなってきます。各部は何節かに分かれていますが、その数を見てみると以下のようになっています。

第一部 死者の書      全21節

第二部 大気と天使たち 全13節

第三部 水星――使者  全5節

節の数に注目すると、次の部に移るごとに8節ずつ分量が減っていることがわかります。

『バーチウッド』を読む 時系列

『バーチウッド』は、語り手ガブリエル・ゴドキンの主観的な視点から物語が語られています。そして、語り手の語りの内容が首尾一貫していない箇所が所々あり、読んでいて違和感を感じたり、矛盾ではないかと思える記述に出くわすことがあります。

例えば、物語の第二部後半で徐々にじゃが芋飢饉の影響が語り手たちに忍び寄ってくることから、第二部の時代は、歴史的な出来事にふまえて考えれば、飢饉の始まる1845年頃だと推定されます。

一方で、第一部(2)でバーチウッドの歴史が語られる際、語り手の曽祖父の時代の話があり、そこに出てくる地主のジョセフ・ローレスに関する挿話として、じゃが芋飢饉の最中に小作人が餓死しそうだと警告した監督官に対する回答の記述があります。

第一部(2)に出てくるじゃが芋飢饉が、1840年代後半のじゃが芋飢饉とは別の、もっと昔にあった出来事と捉えれば、時系列上の矛盾はありません。
逆に、ここで語られるじゃが芋飢饉が第二部後半の飢饉と同一と考えると、第一部(2)で語られる一族の歴史が、語り手による捏造、とは言わないまでも想像によるところが大きいのでは、と思われてきます。元々、語り手の生前の出来事(例えば両親の結婚前のエピソード等)を自分が実際に見ていたかのように語っていることからも、語り手の語りを鵜呑みにせず、語り手自身も記憶が錯綜しているなかでバーチウッドと自分の話を語り、読者はそのような曖昧な語り手の話を読んでいる、と考える方が解釈としては妥当かもしれません。

以上のことをふまえて、物語の時系列を筆者なりにまとめると以下のようになりました。
語り手の記述に正確な年数のわかるものがないため、多分に憶測を含んでいます。

<西暦不明>
語り手ガブリエル・ゴドキンが生まれる。

<西暦不明>
ガブリエル生誕から十五年後、マーサ叔母とマイケルがバーチウッドにやって来る。

<1844~5年頃>
ガブリエルがバーチウッドを抜けて、プロスペローの一座と旅に出る。

<1845~6年頃>
旅の始まりから約一年後、ガブリエルが一座を離れる。

<数週間か数箇月か数年後の春>
ガブリエルはバーチウッドに戻ってくる。

<一年後の春、聖ブリギットの日=2月1日>
第三部(5) 

<同年の夏>
第一部(1) ガブリエルはバーチウッドについて語り始める。

『バーチウッド』を読む 第三部(1)~(5)

第三部 水星――使者

(1)
語り手は生き延びる。数週間か数箇月か数年か、判らない。
ティンカーの一団と一緒にいたこともある。
円を描いて旅は続き、その中心にはサーカスがあった。
春の初めの日々。
森の奥の小屋。焚き火。大男。アルバート。
コッターの話。サイモンに土地を追い出された過去。
現在の話。女が癲狂院で亡くなる。女の一族が屋敷を乗っ取る。
ジョセフの旦那。
逃亡。虎の黄色い目。

(2)
馬車。サイラスとマリオ。
ローレス館。発砲の音。シビル。
仰向けに寝かされたエンジェル。春の雨。

(3)
崩壊した私の王国。
修繕されているバーチウッド。
猟銃を構えるコッター。
サイラス。ドレスを着たおかしな連中。モリー・マグワイア党。
老ジョン・マイケル。ローレス一族。
サイラスと一座の連中は党と肩を並べて戦っていた。
「屋敷は彼にやってしまうがいい」
サーカスは立ち去る。
白い夜会服に身を包んだ人影。赤毛。

(4)
黒いナイフ。サバティエ。
マイケル。
湖のほとりの東屋。
語り手は自分の名前を七度呼ばわってその谺を聞く。

(5)
書斎のビリヤード台。樺の木立。
遺言書。争い。名前を持たない理由。
再び春が来る。聖ブリギットの日。


『バーチウッド』を読む 第二部(1)~(13)

第二部 大気と天使たち

(1)
早朝に町に着く。古い城壁の名残の階段。
ペンブローク伯リチャード・フィッツギルバート・デ・クレア。ストロングボウ。
1169年ノルマン人のアイルランド侵攻。

港の聖母マリアの祭日。
けばけばしい夫婦者とその仲間。ポスター。
プロスペローのマジック・サーカス。
町の外の野原。大きな赤いテント小屋。幌馬車の群。
プロスペローの姿は誰にも見えない。

サイラス:老人
エンジェル
マリオ
ジャスティンとジュリエット:二人組の金髪の子供
ソフィー:赤ん坊
マグナス
シビル
エイダとアイダ:双子

(2)
一種の移動劇場。
「頭上のキャンバス地の屋根はじりじりと太陽に灼かれて」 ニキータ・ミハルコフ?
灰色の猿。アルバート。虫食いだらけの虎の剥製。
偵察役のレインバード。侏儒。
語り手は双子の妹を探している。写真。

(3)
その夜のサーカス。
マグナスはアコーディオンを弾く。
(アイルランドではダイアトニックのボタンアコーディオンが主流なので、ここに出てくるアコーディオンもそれと同じと思われる)
見えないところでバウロンが連打される。
ジャグラーのマリオ。マリオはティン・ホイッスルを奏でる。
蒼白な双子のエイダとアイダ。燃える赤毛のシビル。道化のマグナス。
サイラスとアルバート。ヨハン・リフェルプ。

(4)
ペテンと観客。夢の共犯。
プロスペローについて尋ねると彼らは口をつぐむ。
シビルはサイラスの連れ合い。ジャスティンとジュリエット。
マグナスはハーモニカを取り出してジグを吹きはじめる。
爆発する棺桶の話。

(5)
マリオ。金髪のエイダ。その子供ソフィー。
我らが優しきアイダ。
背の高い女がやって来る。長いドレス。太いステッキ。それは男だった。
制服の二人組。トラウンサー巡査部長とジェム。

(6)
プロスペローの一座と旅をしたのは一年間。
町を離れた日の午後。粗末なパブ。バグパイプとバウロン。ポーター。
アイダはバウロンを借りて叩く。カリグラ。「時」。

(7)
春の終わり。南の海辺にある小さな村。
近くの農家。マグ。

(8)
ウェクスフォードでの小屋の崩壊。官憲の不興。
国中が災厄に夢中になり、誰も私たちを気にかけなくなる前のこと。
夏の初めの輝かしい日。
エンジェルは滅多に口を開かない。
令状送達吏。
「親愛なるマルヴォーリオ」 十二夜?
兵隊。じゃが芋が不作。

(9)
今や旅の半ば。
もし双子の妹がいないのなら、過去の暗示や矛盾、家を出る前の晩伝えられた率直なメッセージをどう説明するのか。
赤毛の少年とプロスペローがどこかでつながっているという直感。
ソフィーがいなくなる。その晩、ソフィーを探してマリオもいなくなる。
家畜の疫病。じゃが芋の不作。飢饉。烏麦や畜牛は対岸への輸出用。
七月のある朝、マリオが追い付く。

(10)
雨の日。シビルとの会話。サイラスの計画。

(11)
夏が終わる。秋。
低地での恐ろしい噂。
サイラスの法螺話。底板の開く棺桶。
語り手とアイダ。兵隊。雨が降り出す。

(12)
過去からの谺。旅の終点。
頭を黒いショールで覆った、ドレスの女。粗末なツイードのズボン。(5)の谺。
より遠い過去の、よりかすかな谺。
歌声。住民。先導する赤毛の司祭。行列の脇を歩むストロングボウ。棺。広場を進む。
棺の後ろを歩く気の触れた老女。見憶えがある。
道をふさいでいる馬車。二人の警官。トラウンサー巡査部長。
棺桶が爆発する。
老女は、ずっと昔、黒すぐみの茂みで聞いた時と同じ耳障りな声でいつまでも笑っていた。

(13)
町を出て一マイルばかりのところ。女装の男がサイラスの馬車から飛び降りる。
警官と兵隊の追跡。
一軒のパブに辿り着く。(6)から一年後。
無人。飢饉。疫病。死の舞踏。
馬車の一台が燃えている。兵隊。マグナス。
ガブリエルは馬に乗って野原へと駆け去る。