2013年3月23日

『エレウテリア(自由)』 サミュエル・ベケット

パリ。
冬の連続する三日間の午後。
全三幕。

クラップ夫妻にはヴィクトールという息子がいる。
ヴィクトール・クラップは二年前に家を出て、下宿暮らしをしている。
彼は何事にも無気力無関心で、親や婚約者と距離を取っているが、
親からの金銭的援助だけは受け入れている。

ヴィクトールが下宿のガラスに靴を投げつけて割ってしまったので、子連れのガラス屋が修理にやって来る。
ガラス屋と、その他ヴィクトールを取り巻く人たちが、何故家を出て下宿に引き籠もっているのかとしつこく彼に尋ねる。
ヴィクトールは、自由になりたかったからだと答える。だから他人を捨てた。そして自分も捨てた。

ガラス屋親子の会話は笑えるし、他にも癖のある人物たちが出てくる。
父親が他界し、母親も病に臥してしまい、遺言書にはあなたには何も残されていなかったと婚約者から言われたヴィクトールが今後どのような生活を送っていくのか、それは語られずに幕が下りる。


2013年3月16日

『ゴドーを待ちながら』 サミュエル・ベケット

どこかの田舎道。一本の木が立っている。時刻は夕暮れ時。
二人の男、ヴラジーミルとエストラゴン。
彼らはゴドーが来るのを待っている。
しかし、ゴドーは来ない。
ラッキーとポッツォという変な二人組がやって来る。
彼らが去ると、男の子がやって来て、ゴドーの言伝てを伝える。
「今日は来られない。明日は来る」
しかし、第二幕に入っても、ゴドーは現れない。

実際に登場する人物は5人。
ゴドーとは何者かという点を含めて、
劇中には不可解な展開や言動が多く、それが解釈の幅を広げている。
とはいえ、実際に上演されている芝居を見たら、劇の所々で笑っていることだろう。


2013年3月7日

『ダブリン上等!』

店のレジの女性を口説くふりをして、男は金を奪います。

若い男は恋人の気持ちを確かめたくて別れ話を持ちかけます。

ふられた彼女は6週間後に中年の男と付き合い始めます。

中年の男の妻は夫から別れ話を持ちかけられ、自棄を起こします。

中年の男と付き合い始めた女には妹がいて、妹には鼻と口の間にうっすらと髭があります。

バスの運転手は悪ガキに石を投げつけられてバスを転倒させてしまい、職を失います。

暴力的な警官はケルト伝説を信じており、ケルティックソウルを大事にします。

テレビ番組を制作する男は、その警官を主役に番組を作ろうとします。

そして、冒頭に登場した男が、失業した運転手と恋人をふった若い男を誘って、銀行の金を盗む計画を立てます。そして計画が実行されますが……。

登場人物が老若男女すべて癖のある人間ばかりで、これらの人間を描くことに主眼が置かれているのではないかと思えるような映画です。



2013年3月2日

『ブラディー・サンデー』

1972年1月30日(日)に北アイルランドのデリーで起きた血の日曜日事件をデキュメンタリー風に描いた映画。ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞している。ちなみに、この時『千と千尋の神隠し』も金熊賞を受賞しています。

裁判によらない拘禁に反対して、デモ行進が計画されます。デモ行進が始まる少し前から映画は始まり、デモ行進から衝突、発砲、死傷者の発生、事件後の病院の様子や英軍側による兵士の聴取、会見などで映画は終わります。

物語はアイルランド側のアイバン・クーパー下院議員の視点と英軍の将校の視点を交互に織り交ぜながら、どのようにして事件が起こったかを丹念に描いています。


映像はほとんどが曇り空で、町並みも灰色を基調としており、人々の声や様子は張りつめた緊張感を常に醸し出しています。

それまでに抑圧されていた感情がデモ行進の最中に投石や野次となって噴出し、それに呼応するように兵士の群衆に対する恐れの感情が高まり発砲へとつながっていきます。人々の緊迫感は戦争そのものです。

今までに見たアイルランド関係の映画の中でこの映画のインパクトが一番強かったです。エンディングでは映画のタイトルと同名のU2の歌が流れます。




2013年2月23日

『ONCE ダブリンの街角で』

アイルランドのダブリンが舞台の映画。
穴の開いたギターを弾くストリートミュージシャンの男と、楽器に展示してあるピアノを弾くチェコ移民の女性。二人の交流は、やがて一つのCD制作へと発展していく。

印象に残っている場面。
冒頭の投げ銭泥棒。
掃除機を転がして通りを歩くシーン。

ダブリンが舞台の映画で最初に観たのがこの映画だったかもしれません。



2013年1月27日

『サークル・オブ・フレンズ』

1950年代のアイルランド。
小さな町ノックグレンで育ったベニー、ナン、イヴ。
三人の女の子は幼なじみ。
ベニーとイブが大学へ進学することになりダブリンへ行くと、そこでナンと再会する。
ベニーはナンの紹介で知り合った大学生ジャックと付き合い始め、
イヴは同じくパーティーで知り合った学生エイダンと付き合い始める。
ナンは地元の貴族の息子サイモンにアプローチをする。
やがてナンが妊娠してそのことをサイモンに伝えると、サイモンはイギリスの医者を紹介するからそこへ行けという。期待が裏切られたナンはジャックを誘惑し、関係を持つ。しかしイヴの機転でナンの意図が発覚し、ナンはイギリスへと旅立ち、ベニーとジャックは寄りを戻すことになる。




2013年1月20日

クロンマクノイズの修道院の上に、船が現れた

シェイマス・ヒーニーの詩の一節より。
クロンマクノイズの修道院の上に、船が現れた。
錨が引っ掛かってしまったので、船が動けなくなってしまった。
船員がロープをつたって錨をはずそうとし、修道院の人々も手伝って船は再び動き出した。
という話。

The annals say: when the monks of Clonmacnoise
Were all at prayers inside the oratory
A ship appeared above them in the air.

The anchor dragged along behind so deep
It hooked itself into the altar rails
And then, as the big hull rocked to a standstill,

A crewman shinned and grappled down the rope
And struggled to release it. But in vain.
'This man can't bear our life here and will drown,'

The abbot said, 'unless we help him.' So
They did, the freed ship sailed, and the man climbed back
Out of the marvellous as he had known it.

『聖ケヴィンとクロウタドリ』 シェイマス・ヒーニー

運良く、シェイマス・ヒーニーの詩を学ぶ機会がありました。
取り上げられたのは、『聖ケヴィンとクロウタドリ』。庵から手を出しているとそこにクロウタドリがやって来て、手のひらの上に巣を作り卵を産むという話です。
アイルランド伝統音楽にBlackbirdという曲がありますが、その曲名はこの逸話に由来するのでしょうか。



St Kevin and the Blackbird

And then there was St Kevin and the blackbird. 
The saint is kneeling, arms stretched out, inside
His cell, but the cell is narrow, so

One turned-up palm is out the window, stiff
As a crossbeam, when a blackbird lands
and Lays in it and settles down to nest.

Kevin feels the warm eggs, the small breast, the tucked
Neat head and claws and, finding himself linked
Into the network of eternal life,

Is moved to pity: now he must hold his hand 
Like a branch out in the sun and rain for weeks
Until the young are hatched and fledged and flown.

*

And since the whole thing's imagined anyhow,
Imagine being Kevin. Which is he?
Self-forgetful or in agony all the time

From the neck on out down through his hurting forearms?
Are his fingers sleeping? Does he still feel his knees?
Or has the shut-eyed blank of underearth

Crept up through him? Is there distance in his head?
Alone and mirrored clear in Love's deep river,
'To labour and not to seek reward,' he prays,

A prayer his body makes entirely
For he has forgotten self, forgotten bird
And on the riverbank forgotten the river's name.


Seamus Heaney


『アルバート氏の人生』

アイルランドのダブリンが舞台の映画ということで気になっていた、『アルバート氏の人生』を観てきました。

19世紀のダブリン。ホテルのウェイターとして働いているアルバート・ノッブスは実直なウェイターとして周囲の信頼を得ている。しかし彼には秘密があり、実は男装をしている女性だった。
ある日ペンキ屋の男がホテルに仕事で訪れ、アルバートの部屋に泊まることになる。そしてアルバートの正体がばれてしまい、アルバートはペンキ屋にどうか秘密にしてほしいと懇願する。ペンキ屋はアルバートの頼みを受け入れるが、ペンキ屋にもまた秘密があった。

ほとんどホテルの従業員関係者のみで物語が進んでいきますが、お互いの人間関係が少しずつ明らかになっていくにつれ、喜怒哀楽の表現も増えていきます。

アルバートが男として生きていくに至った動機にはそれなりの説得力がありますが、しかし他の生き方もあったのではないかと思います。何故かくも酷な生き方を選んだのか、というのは医師の言葉ですが、まさにその通りで、結局のところどのような生き方を選択するのかはその時の状況と判断によるもので、その積み重ねで人は歳を重ねていくものなのでしょう。

スラムを歩いている場面では通りに並ぶカラフルな建物がアイルランドっぽいですが、それ以外はアイルランド的なものはあまり感じませんでした。例えばこれがイギリスが舞台の話だと言われれば自分はそう信じて疑わなかったと思います。とはいえ、ホテルの名前がモリソンズだったり、チフスが流行ったりするのはアイルランドの歴史・文化をふまえた設定と考えられます。

登場人物たちの造形はわかりやすく、ボイラーを修理した男とヘレンの関係はその成り行きが予想しやすいです。そこにアルバートが加わっても、アルバート自身が傷つくだけになってしまうのも、ストーリー上は必然的なものなのかもしれません。最後に得をしたのはホテルの女主人だけ。いつの世も、心の優しい人が幸せになるとは限らない。

追記:この映画の脚本に、作家のジョン・バンヴィルが関わっているようです。







2013年1月14日

『アイルランド紀行』 栩木伸明

アイルランドの歴史・文化・風土などがコンパクトにまとめられた新書。
アイルランド入門といった趣の本です。一章一章が短いので読みやすいですし、どの賞から読んでも大丈夫な章立てになっています。

『アイルランド現代詩は語る』 栩木伸明

アイルランド関係で著作・翻訳の多い栩木伸明先生の本。
アイルランドで詩人といえば、W・B・イェイツとシェイマス・ヒーニーくらいしか知りませんでしたが、この本では日本ではあまり知られていない現代アイルランドの詩人たちとその作品を紹介しています。
詩人たちの創作の背景にある歴史・環境を解説しながら詩を紹介していく語り口は親しみやすいです。
この本をきっかけとして、初めて名前を知った詩人たちの作品をこれから読んでいくのもいいのではないでしょうか。

取り上げらた詩人たち

テオ・ドーガン
パット・ボラン
ポーラ・ミーハン
トマス・マッカーシー
グレッグ・ディランディ
ヌーラ・ニー・ゴーノル
カハル・オー・シャーキー
ミホール・オシール
キアラン・カーソン
メーヴ・マガキアン
ジェラルド・ドウ