パリ。
冬の連続する三日間の午後。
全三幕。
クラップ夫妻にはヴィクトールという息子がいる。
ヴィクトール・クラップは二年前に家を出て、下宿暮らしをしている。
彼は何事にも無気力無関心で、親や婚約者と距離を取っているが、
親からの金銭的援助だけは受け入れている。
ヴィクトールが下宿のガラスに靴を投げつけて割ってしまったので、子連れのガラス屋が修理にやって来る。
ガラス屋と、その他ヴィクトールを取り巻く人たちが、何故家を出て下宿に引き籠もっているのかとしつこく彼に尋ねる。
ヴィクトールは、自由になりたかったからだと答える。だから他人を捨てた。そして自分も捨てた。
ガラス屋親子の会話は笑えるし、他にも癖のある人物たちが出てくる。
父親が他界し、母親も病に臥してしまい、遺言書にはあなたには何も残されていなかったと婚約者から言われたヴィクトールが今後どのような生活を送っていくのか、それは語られずに幕が下りる。
2013年3月23日
2013年3月16日
『ゴドーを待ちながら』 サミュエル・ベケット
どこかの田舎道。一本の木が立っている。時刻は夕暮れ時。
二人の男、ヴラジーミルとエストラゴン。
彼らはゴドーが来るのを待っている。
しかし、ゴドーは来ない。
ラッキーとポッツォという変な二人組がやって来る。
彼らが去ると、男の子がやって来て、ゴドーの言伝てを伝える。
「今日は来られない。明日は来る」
しかし、第二幕に入っても、ゴドーは現れない。
実際に登場する人物は5人。
ゴドーとは何者かという点を含めて、
劇中には不可解な展開や言動が多く、それが解釈の幅を広げている。
とはいえ、実際に上演されている芝居を見たら、劇の所々で笑っていることだろう。
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