2012年1月18日

『聖母の贈り物』 ウィリアム・トレヴァー

アイルランドの現代小説を探していて見つけたのがこの本です。
短篇集で全12篇が収められています。
描かれる物語には、綺麗に起承転結で終わらず、中途半端な印象で終わるものもあります。
どちらかというとそういった印象の短篇が多いです。
にもかかわらずこの作家の小説が魅力的なのは、そこで描かれる人間たちが放つ精彩によるのではないかと思われます。人間の持つ喜怒哀楽の感情、嫉妬、小心、諦観、妄執、残酷さ等が、等身大の人間を通して語られます。どこにでもいるような人間たちによる平凡なありふれた物語が、明確な終わりや結末が与えられるでもなく語られていきます。裏を返せば、現実的であるというのは、虚構のように綺麗に起承転結に収まるものではないということなのでしょう。
ただ、作者はそういった登場人物たちを冷たく突き放すのではなく、暖かく見守るように扱っていきます。
日常生活の細部がさりげなく、しかし事細かに描かれ、そこから浮かび上がる生活の空気が、時には気詰まりして息切れしそうになるような印象を与えることもありますが、そんな短篇を読んで快楽を感じるとすれば、読む人もまた、その空気に執着があるのかもしれません。

「トリッジ」
「こわれた家庭」
「イエスタデイの恋人たち」
「ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年十八歳」
「アイルランド便り」
「エルサレムに死す」
「マティルダのイングランド」
一、テニスコート
二、サマーハウス
三、客間
「丘を耕す独り身の男たち」
「聖母の贈り物」
「雨上がり」



『アイルランドのパブから』

キアラン・カーソンの小説を何冊か翻訳してらっしゃる栩木伸明先生による
ダブリンを中心としたフィールドワークの記録です。
パブの話や音楽の話、文学の話など、全体的に読みやすく、著者個人のエピソードも興味深いです。
本書の記述によると、アイルランドでは1960年代になるまで、伝統音楽は無教養や貧困や後進性と連想づけられるとの理由から、パブで楽器を演奏するのは禁止されていたそうです。
それが70年代以降、伝統音楽が再評価され、愛好家が増え、パブでのセッションが流行するようになったとのことです。




『アイルランド音楽への招待』


ジョン・バンヴィルの『バーチウッド』にもティン・ホイッスルやバウロンなどの楽器が出てきましたが、
アイルランドの伝統音楽についてコンパクトにまとめてあるのが本書です。

著者のキアラン・カーソンは作家でありアイリッシュ・フルート奏者でもあります。
アイルランドの伝統音楽を演奏する作家がアイルランドの伝統音楽について書くとこういう書き方になるのか、という読み方もできますし、アイルランドの伝統音楽の簡潔な歴史を知ることもできます。
皮肉とユーモアを交えた文章や、思わず笑ってしまうと同時に考えさせられる挿話もあります。
興味のある方はご一読下さい。