2012年1月22日

オスカー・ワイルド『幸福な王子ーワイルド童話全集ー』


全部で9篇が収められています。
読んでいて思い出しましたが、高校時代、英語のリーダーの授業でワイルドの短篇を数篇読んだことがありました。ただ、当時は少しも面白いとは思いませんでした。

作品に度々登場するのが、三つの出来事ないしは試練です。
『漁師とその魂』では、魂が三度、漁師に自分の旅の遍歴を語って聞かせます。
『星の子』でも、星の子が金貨を三回取りに行かされます。
聖三位一体を表す三という数字は特別な意味があるという話だから、その辺から来ている構造なのでしょうか。
最初の一回で基本のパターンが提示され、二回目はそれを反復し、三回目でそれまでとは違う結末に至る。というのが基本のようです。

物語の結末は大きく二分されます。
幸せな結末、とまでは言えないにしても一応の救いが与えられる話。
中心人物の言動が周囲の人々に相手にされず、俗物性が余韻として残る話。
後者においては、相手にされない理由が自分自身に原因があるものと、周囲に原因があるものとに分かれます。

教訓を読み取ることも可能だし、美に対する崇敬やそれと対をなす世俗の愚かさを読み取ることもできます。
しかしここで注目したいのは、物語を彩る色彩です。
これらの短篇には様々な宝石や装飾品などが出てきて、実に鮮やかな世界を描き出しています。無論、綺麗な色だけではないですが、それらがテクストを構成する重要な役割を果たしています。

例えば、『幸福な王子』。
像は薄い純金の箔、目にはサファイヤ、刀の柄にはルビーが輝いています。
次に出てくるのは慈善学校の児童。こちらはあざやかな真紅の外套を着て、きれいな白い前掛けをつけています。
そしてつばめの登場。このつばめは大きな黄色い蛾を追いかけて川に舞い降り、そして葦のまわりを飛び回って銀色のさざなみを立てます。
つばめの語るエジプトの王のミイラは、黄色いリンネルに包まれ、首のまわりに淡い緑色の硬玉の鎖がかかっています。
大会堂の塔には白い大理石の天使の彫刻があります。
再びつばめの話。黄色いライオンが緑色の緑柱玉みたいな目をしています。
像の話。屋根裏部屋の青年の机にはしおれた菫の花。

このようにさまざまな色が作品中に登場しますが、この話の舞台は冬であり、基本的に街並みは薄汚れ、通りは黒く、さらには雪も降ってきます。
つばめが奔走するにつれ、街には輝きが横溢するかどうかはわかりませんが、幸福な王子の像は最後にはただの鉛の像になり果てます。
像の鉛の心臓とつばめの死骸は天使によって神のもとへ導かれ、そして幸福な王子の行く先は神の黄金の町です。

物語を追うだけでなく、文章に鏤められた様々な要素に着目することで、さりげなく読んでいた箇所が別の意味を持って鮮やかさを増してきます。少なくとも、『幸福な王子』では色彩が実に豊富なことがわかります。宝石の輝きが像の一点から街のあちこちに拡散する動き、というのがこの短篇にみられる運動ではないでしょうか。


チャールズ・ディケンズ『クリスマス・カロル』


クリスマスイブの晩、吝嗇なエブニゼル・スクルージの元に、仕事の相棒だったジェイコブ・マーレイの幽霊が現れる。
幽霊は三人の幽霊がスクルージの元へやって来ると告げる。
そして、過去・現在・未来のクリスマスの幽霊がやって来て、スクルージは幽霊と共に過去や未来の自分の姿を目の当たりにします。

我が身を振り返らずにはいられない小説です。


ヴィトルド・ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』


主人公のユーゼフは30歳で独り者。
何やら小説を書いているらしい。
そんなユーゼフの元に教師のピンコがやって来て、
ユーゼフに学校に入ることを勧め、
半ば強制的にユーゼフを入学させる。

学校では、18になるかならぬかといった年齢の生徒たちが、「青少年」と「若いもん」との2つのグループに分かれて互いに争っていた。
「若いもん」を代表するミェントゥスと「青少年」を代表するスィフォンは顔くらべをすることになり、ユーゼフが審判をすることになる。
だがそんなこととは無関係に教師がやって来ては授業を進め、予習をしていない生徒たちは指された途端に青くなり何も答えられない。
授業後に顔くらべが行われ、スィフォンが勝利するものの、ミェントゥスはスィフォンを押さえつけ、彼の耳に彼の嫌う汚らわしい言葉を囁き続け、スィフォンは悶え苦しむ。

ピンコに促されるまま、ユーゼフはとある一家に下宿することになる。技師、技師夫人、女学生の三人家族。
ユーゼフは女学生に恋ともつかぬ複雑な感情を抱き、その現代的な女学生を打ち負かそうと罠を張り巡らす。

下宿を後にしたユーゼフは、作男に憧れるミェントゥスと共に、真の作男を探しに郊外へ行く。途中、ユーゼフのおばに会い、彼らは彼女の屋敷に招待されることになる。
屋敷で働く若い下男の中に求めていた作男を見出したミェントゥスは、さっそく彼ときょうだいづきあいをしようと試みるが、地主貴族たるおば、おじ、にはそれが奇怪なことにしか見えない。ミェントゥスの行動は、百姓と地主との間にある秩序の均衡に罅を入れることになり、やがて混乱が訪れる。

物語全体は三つに区切られ、その切れ目には作者の言葉と挿話が書かれています。

『子供で裏打ちされたフィリードル』とその前書き。
『子供で裏打ちされたフィリベルト』とその前書き。

この前書きでは形式について書かれ、
物語では成熟について書かれています。

何が書かれていたのか考えても何もまとまらず、何を読んだのかも未だによくわからない奇妙奇天烈な小説です。




ロジェ・グルニエ『編集室』


フランスの作家グルニエの短篇集。
新聞記者としての彼の経験がこの短篇集の中枢を形作っていると思われます。

本書の語り手の多くはジャーナリストであり、その語り手の視点で様々な人間の生き様やその生涯の一場面が簡潔に描かれていきます。
文の運びは上手いし、読みやすく、また人間に対する洞察も鋭い。
数多くの人たちとの交流の中で作者が培ってきた人間観、親愛の情、愚かしさ、虚しさ、そういったものが短い文章のなかにさりげなく、だが巧妙に含み込まれていると思われます。

登場人物たちに関して言えば、モデルはいるのかもしれないが、それぞれを血の通った人間として生々しく(人間臭く)描くことができるというのは、やはり凄いです。



2012年1月21日

The Secret Of Kells

ケルズの書つながりで存在を知ったアニメです。
『ブレンダンとケルズの秘密』というタイトルで日本でも公開されたようです。

ケルズの書が如何にして出来上がったのか。 
シンプルな絵のアニメですが、CGも多く使われており、
映像の美しさには目を奪われます。




『ケルズの書』

アイルランドに興味を持ち、その延長でケルト文化にも興味を持つと、
精緻な装飾の世界があることを知りました。
何度見ても飽きることがない不思議な装飾写本です。




2012年1月18日

『聖母の贈り物』 ウィリアム・トレヴァー

アイルランドの現代小説を探していて見つけたのがこの本です。
短篇集で全12篇が収められています。
描かれる物語には、綺麗に起承転結で終わらず、中途半端な印象で終わるものもあります。
どちらかというとそういった印象の短篇が多いです。
にもかかわらずこの作家の小説が魅力的なのは、そこで描かれる人間たちが放つ精彩によるのではないかと思われます。人間の持つ喜怒哀楽の感情、嫉妬、小心、諦観、妄執、残酷さ等が、等身大の人間を通して語られます。どこにでもいるような人間たちによる平凡なありふれた物語が、明確な終わりや結末が与えられるでもなく語られていきます。裏を返せば、現実的であるというのは、虚構のように綺麗に起承転結に収まるものではないということなのでしょう。
ただ、作者はそういった登場人物たちを冷たく突き放すのではなく、暖かく見守るように扱っていきます。
日常生活の細部がさりげなく、しかし事細かに描かれ、そこから浮かび上がる生活の空気が、時には気詰まりして息切れしそうになるような印象を与えることもありますが、そんな短篇を読んで快楽を感じるとすれば、読む人もまた、その空気に執着があるのかもしれません。

「トリッジ」
「こわれた家庭」
「イエスタデイの恋人たち」
「ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年十八歳」
「アイルランド便り」
「エルサレムに死す」
「マティルダのイングランド」
一、テニスコート
二、サマーハウス
三、客間
「丘を耕す独り身の男たち」
「聖母の贈り物」
「雨上がり」



『アイルランドのパブから』

キアラン・カーソンの小説を何冊か翻訳してらっしゃる栩木伸明先生による
ダブリンを中心としたフィールドワークの記録です。
パブの話や音楽の話、文学の話など、全体的に読みやすく、著者個人のエピソードも興味深いです。
本書の記述によると、アイルランドでは1960年代になるまで、伝統音楽は無教養や貧困や後進性と連想づけられるとの理由から、パブで楽器を演奏するのは禁止されていたそうです。
それが70年代以降、伝統音楽が再評価され、愛好家が増え、パブでのセッションが流行するようになったとのことです。




『アイルランド音楽への招待』


ジョン・バンヴィルの『バーチウッド』にもティン・ホイッスルやバウロンなどの楽器が出てきましたが、
アイルランドの伝統音楽についてコンパクトにまとめてあるのが本書です。

著者のキアラン・カーソンは作家でありアイリッシュ・フルート奏者でもあります。
アイルランドの伝統音楽を演奏する作家がアイルランドの伝統音楽について書くとこういう書き方になるのか、という読み方もできますし、アイルランドの伝統音楽の簡潔な歴史を知ることもできます。
皮肉とユーモアを交えた文章や、思わず笑ってしまうと同時に考えさせられる挿話もあります。
興味のある方はご一読下さい。



2012年1月16日

『バーチウッド』を読む 大気と天使たち

第二部のタイトル、『大気と天使たち』。

これと同じ語が第一部(7)に出てきます。
マイケルがジャグリングをする場面があり、
それを見ているガブリエルの語りの中に『大気と天使たち』という文が出てきています。
ジャグリングは第二部で語り手が一緒に旅をするサーカスの一座をどことなく連想させます。